牡牛座の今年の占い

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「電車の中でのマナー」
について、
日々多くの人が議論しています。
たくさんの人が狭いスペースを分け合い、
心地良くすごすには、知恵が必要です。
妊婦さんやお年寄り、
病気やケガをしている人には席を譲る、とか、
リュックサックは背負ったままにせず、
前に抱えるか足元に降ろすか網棚にあげる、とか、
様々なルールやマナーが存在します。

電車の中で子ども達が暴れ回っているのに、
父親とおぼしき男性は子どもに注意もしないでいる、
という光景を見て、
多くの人が苛立っていました。
ある人が見かねて、男性に
「あなたの子どもなら、
ちゃんとしつけをすべきだ」
と注意しました。
すると男性は、
はっとしたように注意した人の顔を見て
「すみません、
今日、この子達の母親が重病で倒れて、
呆然としていたものですから」
と応えました。
乗客達のピリピリした雰囲気はがらりと変わり、
注意した人も驚いて、
態度を変え、彼を励ましました。

このエピソードは、
他の記事でご紹介したこともありますし、
かなりポピュラーです。
父親がどんな状況であろうと、
「暴れる子どもを放置する」
というのは、ルール違反です。
ですがこの場面では
「ルール」を超える、
もっと上位の「知恵」が適用されました。
頼りにしていたパートナーが倒れ、
悲しみとこれからの生活への不安に圧倒されている人に、
小さなルールを守るよう要請することは、
「あり得ない」ことです。
「正しさ=ルール」が適用できない場面で
私たちは「優しさ」という、
より高度な知的選択をすることになります。

私たちは日常生活において
他者や自分に「優しくするかどうか」を選べます。
「自分に厳しく人に優しいのがただしい」
等という考え方もあります。
ただ「世界」については、どうでしょうか。
「世界」は、私たちに優しくしてくれるでしょうか。
それが信じられないのが「現実社会」で、
それを信じさせようとするのが
宗教的な世界や、精神世界である
というような気もします。

現代社会では特に、
「誰も頼りにすることは出来ないのだから、
自分で何とかしなければならない」
「少しでも間違ったことをすれば、
厳しく責任を問われ、糾弾されるのだから、
気をつけなければならない」
というふうに、
ことさら「受け取れる優しさ」が否定されているようにも思われます。
世界は厳しい。
だから、亀が甲羅に首を引っ込めるように、
自分を守り、気をつけて生きなければならない。
そういう考え方が
たとえば「生きづらさ」というような思いに
つながっているのではないかという気もするのです。

優しくすることは、
難しいことです。
解りやすい「ルール」を適用するほうが、
よほど簡単なのです。
私たちの心はつい、
簡単なほうへ簡単なほうへと流れます。
優しさは、
たとえば前述の父親の立場のような、
複雑な状況を理解し対応しようとする態度のことです。
失敗した人を責めたり、
違反した人を処分したりすることは、
ごくわかりやすく、簡単です。
彼らの事情に耳を傾け、
彼らの気持ちや未来について考えることは、
高度な知的態度を必要とします。
優しさは、そうした知的態度から生まれるものなのです。

2020年、牡牛座の人々は、
「世界が自分に優しくしてくれる」という、
その感触を見いだすのではないかと思います。
たとえば、心から信頼できる「師」に出会う、
というのも、そうした現象だと思います。
自分が研究すべきテーマに出会うとか、
自分に助けを求めてくれる人に出会う、といったことも、
ごく広い意味で、
この世界に普遍的な「優しさ」がある、
ということの発見ではないかと思います。
私たちが思いきって自己表現したり、
多くの人とは違ったものを選択したり、
新しいことに挑戦したりできるのは、
「世界は、それを優しく受け止めてくれるだろう」
「誰かが理解してくれるだろう」
との思いがあるからです。
これは、
賞賛されるとか、儲かるとかではなく、
「それをやって、たとえ不成功に終わっても、
ちゃんとこの世界に受け入れられ、
生きていけるだろう」
というくらいのことです。
許されるだろう、
次のチャンスを得られるだろう、
お互いの違いを許容してもらえるだろう、
という想定です。
これはつまり、上記のような、
「他者の知性」への信頼です。
他人の理性や知性を信じることが、
「この世界は、優しい場所であるはずだ」
という前提につながります。
このことこそが、
2020年の牡牛座の人々が発見するテーマなのだろうと思うのです。



「世界の優しさ」は、
「人々の優しさ」であり、
「人の優しさ」です。
2020年、あなたは自他の深い優しさを発見し、
そこに、生きる場を作る力を見いだすでしょう。
たとえば、
海外に旅行したとき、
文化を異にする人々とのやりとりでは、
優しさが是非とも、必要になります。
言葉やルールが
「わからない」
ということを、
相手に理解され、受け止めてもらって、
初めて異文化圏を旅行できます。
異文化での経験を積むと、
人は他者に対して優しくなれます。
複雑さへの想像力が強まり、
理解度が増すからです。

「優しさ」は考え深く、経験知にあふれ、
継続的で、一貫性があります。
たとえば詐欺師の優しい態度は、
どこかで必ず終わります。
つまり、一貫性がありません。
精神的な強さと知恵がなければ
本当の優しさは実現できません。
優しいということは、
心が優れている、
ということであるはずです。
この時期のあなたは、
本当の優しさを実現するために必要なことを、
たくさん学ぶことになるでしょう。
そして、急激な成長を遂げることになるでしょう。