蠍座の今年の占い

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2010年、間違いのない「芯」を手に入れたでしょうか。
その感触がない、という人もきっと、もう少し後で、
それを作ってこられたのだという手応えを
感じるだろうと思います。
あなたが、自分の心の中心に
果実の種を硬く強く膨らませるように育んできたその「芯」は、
ここから、大いにその威力を発揮することになるのです。

激しい練習や出口の見えない試行錯誤を重ねるとき、
人は、ただそれに「耐えて」いるだけではありません。
耐える力だけでは、
それは乗りきれないと思うのです。
面倒な道のり、ややこしい手続き、
それらを人間に正面から受け止めさせるのは
ほかならぬ、その人の「芯」です。
甲子園に行きたい!という気持ちが、
毎日のハードな訓練を耐える根拠になります。
彼が大好き!という気持ちが、
デートの朝の、苦手な早起きを可能にします。
心の中心にあるものが確かであればあるほど、
辛さが辛さにならず、苦しみは苦しみと認識されないようになります。
愛する人の看病なら、肉体的には辛くとも
「望むところ」です。
愛するミュージシャンのライブのためなら、
夜行バスで日帰りでも苦になりません。
そうした心の「芯」は、完全に個人的な思いです。
完全に個人的な強い思いが、
人間を行動のほうに突き動かします。
行動が起こると、それは、個人的なだけの枠を越えて、
他者に関わり、外界に働きかける力に変化していきます。
「甲子園に行きたい」というごく個人的な憧れが、
「甲子園に行く」という、多くの人を巻き込むイベントに到達するとき、
それは、個人の心の中心に端を発していながら
既に、社会的な出来事となっているのです。

2011年の蠍座は、
2010年に手に入れた、心の「芯」の声にしたがって、
動き始めます。
この「動き」は、上記の例のように
社会的な出来事の方に向かっています。
個人的な思いが、社会的な出来事に変化していくには、
様々な手段やプロセスが必要となります。
2011年、あなたはそんなプロセスを
かなり短期間に、集中的に、ひといきに突き進みます。
そして、その先の到達点としての
「外界へ働きかける出来事」にまで、たどり着くのです。
この「外界へ働きかける出来事」というのは、
いわば「デビュー」のような趣を持っています。
社会において「自分はこういう存在です」ということを
客観的に定義することになるのです。
「自称・○○」ではなく、
自他共に認める肩書きなり、立場なり、関係性なりを
あなたはそこで、手にすることになるのです。

核となる強い個人的な思いがあり、
それがいくつかの手段を経て、
最終的に、自他共に認める形ができあがる。
これが2011年の、大まかな蠍座の展開です。
道の途中では、
「自分はこういう役割を果たせばいいのだ」とか
「自分の責任はこういうことだ」といったようなかねてからの感覚が
がーんと一気に変化するような事も起こるかもしれません。
あなたがこれから担っていこうとしていることは
いかにも新しく、もしかすると
自分の周囲に、そうした前例をあまり見たことがないかもしれません。
前例のないところに、1から自分の役割を作っていくような、
そんな選択を下していくことになるかもしれません。