今年の占い

2025年

初対面の相手にはまず、丁寧に挨拶し、要件があればその話をすれば良いだけです。少し雑談が必要な場合は、当たり障りのない、簡単なことを尋ねるか、お天気のことや最近話題になっている普通のニュースなどに触れます。

場合によっては育てているサボテンとか、猫のこと等を話してもいいかもしれません。そんなふうに出会いの最初の段階では、ある程度、形式が決まっています。一般的なマナーを守り、似たような振る舞いをすればいいだけです。

でも、「その先」に進んだらどうでしょうか。二度目に会い、三度目に会い、プライベートな、つまり無目的な時間を共有するとなれば、「大抵はこうしておけばよい」という定石がなくなります。この相手だから、この私だから、どうすれば一番いいのか、ということを模索しなければならなくなります。

そういう意味で、多分「出会い」そのものよりも、「関わり」の方がずっと、本当は難しいのかもしれません。

一方、「出会い」より「関わり」の方がラクな部分もあります。「出会い」は一発勝負で、そこで失敗したら二度目はないかもしれません。「また会いたい」と思い合えない場合、関係は消滅します。

ですが「関わり」まで踏み込めれば、多少の失敗は挽回できたりします。「誰にでも欠点はある」「誰でも失敗はする」「悪いところがあっても、直せるならそれでいい」。関わりを重ねていくプロセスでは、誰も完璧ではいられません。

「完璧ではいられない」ということを許し合うのが、「関わり」には必須です。誰もが関わりの中で許され、見逃され、ちょっとだけ注意をしたりされたりしながら、積み重ねられていく時間を共有できます。

2025年、射手座の人々が生きるのは「出会いと、その先の関わり」の世界です。この時期から、あなたは誰かと許し合い、受け入れ合いながら、関わりを重ねていけます。

ですから、過剰に緊張したり、失敗を恐れたりする必要はありません。もとい、射手座の人々は基本的にオープンマインドで、人に相対した時あれこれ不安になる、ということは少ないようです。ですから、全く心配はいらないのかもしれません。

関わりが紡がれ、編まれていく2025年は、先に進めば進むほど、「面」的になります。パイ生地のように、折りたたまれてはのばされて、重層的になります。ハンターが狙い澄まして矢を射るような、直線的な雰囲気は薄まります。次々に獲物を探し回るようなスピード感は鈍ります。ひとつの対象、ひとりの相手のもとに留まって、そこに掘り下げられ、積み重なるものがあります。

大切な相手にはくり返し、何度も会いたいものです。サマセット・モームはその作品の中で、人生をアラビア絨毯にたとえました。様々な文様、色彩がくり返されたり、切り替えられたりしながら、全体が稠密なひとつの世界にまとまります。

人は自分の人生から決して逃げられないけれど、ある種の「くり返し」は決して、ムダでも束縛でもない、ということを、作家は言いたかったのかもしれません。


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